空谷に吼える

ブロックチェーン/DLTまわりのなにかしらを書いていく所存

DLTベースの外為取引のネッティングサービスCLSNetがローンチ

12月になったのでことしはもうだめです、いっしゅんで終わります

CLSNetがローンチ

CLSNetのProduction(本番、商用)サービスが稼働したというニュースが出ていました。

CLSのリリース:CLS’s DLT payment netting service goes live with Goldman Sachs and Morgan Stanley | CLS Group

日本語記事(翻訳がぎくしゃくしていて読みづらい):CLSNetのDLT決済双務サービスをゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーが運用開始 | CLSのプレスリリース | 共同通信PRワイヤー

上記の記事にもありますが、CLSNetはHyperledger Fabricをベースとして構築された金融、決済関連サービスです。個人的にはこのCLSNetは、PermissionedのDLT/ブロックチェーンユースケースとして現時点で商用サービスが本番稼働しているものではもっとも重要なサービスであろうと思っています。案外国内ブロックチェーン界隈では話題になってなさそうなので簡単に紹介します。

CLS、CLS決済とは

組織としてのCLS(CLS Bank、また、CLS Group)は、もともとはCLS決済というサービスを提供することを目的として設立された非営利の団体です。

CLS決済は、多通貨同時決済の仕組みです。金融機関同士の外為取引の決済にCLS決済を利用することで、外為決済独特の決済リスクである時差リスク(a.k.a. ヘルシュタットリスク)を回避することができます。金融機関の間でやり取りされている外為取引は一本一本の金額が大きく、かつ件数も多いため、外為決済リスクの削減は金融システム全体の安定のために非常に重要です。現在CLS決済では世界の外為決済ボリュームのうち、50%以上が決済されています。1日の決済ボリュームはこれまでの最大で金額では11兆USD、件数では250万件を超えています。

CLSおよびCLS決済の仕組みのさわりについてはWikipediaに簡単にまとまっていますCLS Group - Wikipedia

詳しく知りたければ本を読みましょう

store.toyokeizai.net

CLSNetとは

外為取引ペイメントの多通貨・バイラテラル・ネッティングサービス

CLSNetは、CLSが(CLS決済とは別のサービスとして)提供する外為取引のペイメント・ネッティングサービスです。

ペイメント・ネッティングというのは、取引を個別に決済(グロス・ペイメント)するのではなく、2者かそれ以上のグループの間で行われている複数の取引の決済金額をまとめていき、その差額分だけを決済する、というやり方です。たとえばAliceとBobの間で取引①「Alice:買 100USD/売 10000JPY⇔Bob:買 10000JPY/売 100USD」と取引②「Alice:買 15000JPY/売 150USD⇔Bob:買 150USD/売 15000JPY」というふたつの取引が同じ決済日で約定していたとして、ペイメント・ネッティングすると結局AliceはBobに50USDだけ払い、BobはAliceに5000JPYだけ払えばよいことになります。

このあたりは↓の日銀の資料がわかりやすいのでお勉強したい方は読んでみましょう。ペイメント・ネッティングについては3-5節、また、外為決済リスクを含む決済リスクについては7章に述べられています。

決済の原理 : 日本銀行 Bank of Japan

CLSNetでは、取引の入力時限や取り扱い通貨の制約などの理由によってCLS決済に持ち込めない外為取引について、決済リスクおよび(決済当事者が用意しておかなければならない)流動性を削減することなどを目的としています。CLS決済では現在18通貨しか扱いがないのに対して、CLSNetでは120超の通貨を取り扱っています。

特徴としてはまずはCLS決済と同様に多通貨を扱ったネッティングが行われていることですが、CLS決済はマルチラテラル(多者間)ネッティングであるのに対し、CLSNetはバイラテラル(つまり取引の両当事者間ごとの)ネッティングです。また、CLS決済ではネッティング結果にもとづき、参加者からの支払いおよび参加者への払い出しまでを含んだ取引の決済までをスコープとしていますが、CLSNetでは決済は提供されず、ネッティング結果を通知するところまでがサービスのスコープとなっています。

かんたんに言うとやってくれることはこんな感じです:

  1. 取引の両当事者からそれぞれCLSNetに入力された取引内容を突合する(マッチング)
  2. マッチした取引内容を保管する
  3. あらかじめ設けられた時限(決済日前日のn時、当日のn時など)になったら入力受付を締め切り、通貨ごと×両当事者ごとのバイラテラル・ネッティング結果を通知する

なぜブロックチェーンを使うのか

ブロックチェーンのメリットとして、「中間業者/仲介者を不要とする」ことができるというのがよく挙げられますが、このユースケースでは中央集権的システムで実現されたCLS決済と同様に、CLSが依然としてサービスの提供者、かつ、ネッティング結果への(法的な責任の所在も含め)信頼を裏書きする「信頼できる第三者」としてふるまうことで成り立っているように見えます。

他方で、上述したマッチング、保管、ネッティングといった処理はあらかじめルールが厳密に決められており、スマートコントラクトとして実装するのにそれほど苦労はなさそうです。また、CLSNetでは決済そのものはサービスのスコープから外れているというところも、まだ十分に成熟した段階にあるとは捉えられていないブロックチェーンを、重要な金融分野で適用することへのハードルは低いだろうとも考えられます。

明らかにこのユースケースは、ブロックチェーンでなくても実現できます。しかし、システム全体として正常に稼働を継続するために求められるセキュリティ、および耐障害性を実現するためのコストが、SWIFTNetなど閉域ネットワークおよび大規模サーバーを前提としたそれまでのシステムと比べたときに相対的に安い、といった理由でブロックチェーンが採用されたのではないかと想像しています。

なぜHyperledger Fabric(HLF)を選択したのか

CLSNetはシステムアーキテクチャなどの技術的な部分に関して公開されている情報はあまりありません。なのでこれもおおざっぱな推測にしかならないのですが、取引の両当事者+CLSにしか取引内容を参照できないことを実現するためにHLFの持つチャネル(プライベート・サブネット)が都合がよかったのであろうという点、他のPermissionedのブロックチェーン基盤に比して(少なくとも技術選定時点では)相対的にHLFが成熟していた点は要素としては大きかったのではないでしょうか。あと、これまでにCLSのシステムを主に担当してきているのがHyperledger Fabricのもともとの開発元であるIBMであったというのももちろん大きいでしょう。これが一番大きな理由かも。。。

今後の適用領域拡大に向けて大きな意味を持つユースケース

いずれにせよ、社会的、市場的に大変重要な金融の決済関連サービスのインフラに採用され、また、そのサービスが商用/本番ローンチしたということは、今後のHyperledger Fabricの、また、Permissionedブロックチェーンユースケース拡大向け、大きな意味を持つはずです。どんどんやっていきましょう